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終了しました

展示「時を超えて響きあう~南原繁と新図書館計画~」
(東大新図書館トークイベント5「南原繁と『学問』の未来」関連企画)

2013年11月1日(金)~12月1日(日) 東京大学総合図書館 1F 大階段下

2013年11月8日に開催された、東大新図書館トークイベント「南原繁と『学問』の未来」の関連企画として、展示「時を超えて響きあう~南原繁と新図書館計画~」を開催いたしました。

展示レポート

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南原繁・第15代東大総長(総長在職期間:1945年12月~1951年12月)は政治学者として優れた学問的業績を残したのみならず、東大の歴史、さらには戦後の思想史・教育史における改革者でもありました。また、東京大学出版会を創設し、総合図書館の歴史に関係のある人物でもあります。南原繁が構想した改革は極めて多方面にわたるものですが、その構想の一部は現代においてなお有効性を失っていません。本展示は、その中から現在附属図書館が進めている 新図書館計画と響きあうものに焦点をあて、「教育と図書館」、「本郷文教地区構想」、「出版文化を支え、開かれた大学を目指す」の3つのテーマで紹介いたしました。

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会場は、総合図書館1階大階段下のスペースを使用しました。このスペースは、本来、総合図書館の出入口にあたります。「出入口」という「境界」を象徴するこのスペースが、本展示(「南原繁の構想」(過去)と「新図書館計画」(未来)を紹介する「境界」(現在)としての展示)を象徴する会場として最も適していたからです。(新図書館建築工事のために、現在、総合図書館は一時的に出入口が変更になっており、展示会場として特別に使用することができました。)

 

 

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展示パネルでのテーマの紹介の他、参考とした資料の実物やレプリカを展示いたしました。その際使用した展示台とベンチは、2013年の秋、新図書館建築担当の川添善行先生による大学院生の設計課題、「リノベーションスタディーズ」の一環で作られたものです。(設計:内田奈緒さん)
「リノベーションスタディーズ」の詳細は、展示「総合図書館 リノベーションスタディーズ」の開催について(東京大学附属図書館ニュースへリンク)をご覧ください。

 

展示会場全景

※映像は2014年3月に行われた再展示の際に撮影されたものです。
再展示についての詳細はhttp://new.lib.u-tokyo.ac.jp/1383をご覧ください。

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展示内容

ごあいさつ

tenji_1 東大新図書館トークイベント「南原繁と『学問』の未来」(11月8日)の開催にあたり、その関連企画として、展示「時を超えて響きあう~南原繁と新図書館計画~」を開催いたします。
南原繁・第15代東大総長(総長在職期間:1945年12月~1951年12月)は政治学者として優れた学問的業績を残したのみならず、東大の歴史、さらには戦後の思想史・教育史における改革者でもありました。また、東京大学出版会を創設し、総合図書館の歴史に関係のある人物でもあります。
南原繁が構想した改革は極めて多方面にわたるものですが、その構想の一部は現代においてなお有効性を失っていません。本展示では、その中から現在附属図書館が進めている新図書館計画と響きあうものに焦点をあて、「教育と図書館」、「本郷文教地区構想」、「出版文化を支え、開かれた大学を目指す」の3つのテーマでご紹介いたします。
南原繁の考えていた改革の射程は遠く現代にまで及んでいます。また、新図書館計画が目指すものは、東大の伝統を継承するものであるとも言えます。
本展示から、新図書館計画を通して見えてくる南原繁の深さと広がりを感じていただければ幸いです。

2013年11月
東京大学附属図書館 新図書館課題検討グループ

南原繁 略年譜

tenji_2 1889年9月 香川県大川郡相生村(現・東かがわ市)に生まれる。
1907年9月 第一高等学校に入学。当時の校長であった新渡戸稲造や、内村鑑三の感化を受けて、大学入学後にクリスチャンとなる。
1910年7月 東京帝国大学法科大学政治学科入学。
*同年6月、幸徳秋水等、大逆事件関係者検挙。8月、韓国併合。
1914年7月 東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。
12月 内務省に就職。
*同年7月、第一次世界大戦起こる。
1921年5月 内務省を辞し、東京帝国大学法学部助教授に就任。
8月 在外研究のためヨーロッパに出発。カント哲学の研究に没頭する。
1924年7月 在外研究から帰国。以後「洞窟の哲人」と呼ばれるような学究生活を送る。
1925年8月 東京帝国大学教授に就任。
*1941年12月、太平洋戦争起こる。
*1943年12月、学徒出陣。
1945年3月 東京帝国大学法学部長に就任。直後から、同僚の法学部6教授とともに終戦工作を行う。(総合図書館の「貴賓室」に集まって相談し、政府要人に終戦の働きかけを行った。)
12月 東京帝国大学総長に就任。大学の内外で戦後日本の復興のために尽力した。また節目節目に行われる総長演説は、復興期の国民を勇気づけた。
*同年8月、太平洋戦争終結。
1946年3月 貴族院議員に勅選され(47年5月まで)、日本国憲法草案審議に関与。
8月 教育刷新委員会委員に就任。
1950年3月 定年により東京大学教授を退職。
*同年6月、朝鮮戦争起こる。
1951年2月 東京大学出版会を創立し、初代会長となる(同年12月まで)。
12月 任期満了により東京大学総長から退任。以後、述作に力を尽くした。
*同年9月、サンフランシスコ講和会議。
1974年5月 永眠(享年84歳)
著作 『国家と宗教 ヨーロッパ精神史の研究』(岩波書店 1942)、『歌集 形相』(創元社 1948)、『人間革命』(東京大学新聞社出版部 1948)、『文化と国家 南原繁演述集』(東京大学出版会 1957)、『政治理論史』(東京大学出版会 1962)、『日本の理想』(岩波書店 1964)、『南原繁著作集』全十巻(岩波書店 1972-73)、など
参考文献 『南原繁の生涯 信仰・思想・業績』(山口周三著・教文館 2012)
『南原繁 近代日本と知識人』(加藤節著・岩波新書 1977)

新図書館計画とは

tenji_3 東京大学は教育と研究のための新たな拠点として、本郷キャンパス総合図書館を大幅に拡充する東京大学新図書館計画「アカデミック・コモンズ」を推進します。これは、図書館前広場の地下に新館を建設し、伝統ある本館は外観を保存したまま内部を全面改修する、というものです。次の世代に受け継ぐ、新学術拠点の建設。その実現に向けてさまざまな取り組みが始まっています。具体的には、以下の5つの柱を軸に計画が動き出しています。
1.電子図書館と伝統的図書館の融合
・本館前広場の地下に約300万冊収容可能な自動化書庫を建設(新館)
・電子情報と実物の本を自由に往き来する「ハイブリッド図書館」
2.世界最高水準のアジア研究図書館
・本館4階にアジア研究のための第一級の学術資料を集中
3.教育との連携と国際化への対応
・新館地下1階を学習や研究活動の広場「ライブラリープラザ(仮称)」に
・東京大学が推進する、教育の改革や国際化の取り組みとも連動
4.日本の学術文化の世界への発信
・上野/本郷地区の文化施設と連携し世界への日本文化発信の一翼を担う
5.出版文化の公共的基盤
・大がかりな電子化を進めると同時に、実物の書籍を確実に管理、活用
・日本の社会に確かな知を保証する公共的な基盤の役割を果たす

 

教育と図書館

tenji_4 新図書館新館の目玉の一つは、能動的学習・研究の空間「ライブラリープラザ(仮称)」の設置です。また本年の冬学期から総合図書館で授業「未来の書物の未来」が開講されました。この他にも、東京大学が推進する改革に連動し、図書館は様々な教育・研究支援の活動を開始しています。
今から約65年前、戦後教育改革を行っていた南原も、図書館の教育、研究機能の充実を主張していたと言います。
図書館の発展のためには図書館員の養成が必要と考え、アメリカ側から要請のあったライブラリー・スクールの設立に賛同し、自ら文部省に図書館学の教授職と研究室の予算を要求するなど熱心に取り組みました。
しかし、予算は認められず、さらにライブラリー・スクールは慶應義塾大学に設置されることとなり、東京大学には、当時新設されたばかりの教育学部に「図書館学講座」が置かれることとなりました。南原が推し進めようとした図書館学研究所は、“教育学部に一講座※を設置する”という形に落ち着くこととなったのです。
※現在は「教育学研究科 生涯学習基盤経営コース 図書館情報学研究室」となっています。

画像キャプション:南原⇒ファーズ(ロックフェラー財団人文学部次長)宛て 1948年12月13日付書簡(ロックフェラー財団文書の複製)
「クラップ氏やブラウン博士のご期待に応え、我が大学がこの重要で危急の課題に答えようと少しでも前進するために、私は最近当大学に高等レベルのライブラリー・スクールを作る計画を一歩進めることを決意いたしました。」
「私は近い将来、中央図書館に付設して図書館学研究所(Institute of Librarianship)をスタートさせ、何年かの後には一人前の大学院課程のライブラリー・スクールに成長させることを考えております。<中略>彼らの主たる仕事は図書館学を最も広く理解した上で高度な研究を行うとともに、わが国の図書館発展について重要な側面の計画策定を行うこと・・・」
(根本彰「『まぼろしの東大ライブラリー・スクール』再考」『図書館情報学の創造的再構築』勉誠出版,2001 より)

出典
・三浦太郎「戦後占領期における東京大学ライブラリースクール設立構想について」『東京大学史史料室ニュース』第34号,2005
・根本彰「『まぼろしの東大ライブラリー・スクール』再考」『図書館情報学の創造的再構築』勉誠出版,2001
・三浦太郎・根本彰「占領期日本におけるジャパン・ライブラリースクールの創設」『東京大学大学院教育学研究科紀要』vol.41,2002
・Sigeru Nambara to Charles B.Fahs, 13-Dec-1948, Rockefeller Foundation Papers, Box45, Folder501,Rockefeller Foundation Archives

 

本郷文教地区構想

tenji_5 東京大学の周辺、不忍池を囲む本郷・上野地区には、日本を代表する博物館・美術館・大学といった文化的施設が隣接しています。新図書館はこれらの機関と連携し、世界に誇れる文化地域の形成を目指しています。
本郷・上野を含むそうしたプランが、実現はしなかったものの、終戦直後にも南原らによって構想されていました。空襲によって廃墟となった東京で、食と住にあえぐ学生たちを目の当たりにし、南原はオックスフォードやケンブリッジの学寮大学を想定した、大学を中心とする文化地区、学生や教員を含めての学寮制度を考えました。
1946年、東京の戦災復興が進められるなか、東京都建設局長の石川栄耀が推進した文教地区計画評議会が、南原を会長として結成され、東大、早大、日大、東工大、美校、立教、慶大が参加しました。
同年1月、南原が評議会に「本郷文教地区構想」を提起し、夏には、岸田日出刀、高山英華、丹下健三らによる設計が完了しました。
丹下らの計画案では、円でかこまれた地区(本郷を中心とした帝国大学地区、上野を中心とした学術中枢地区、小石川を中心とした国際学術中枢地区、後楽園を中心とした厚生地区)をつないで、一大学園都市をつくろうと計画しました。

画像キャプション:「本郷文教地区計画・東京帝国大学文教地区計画委員会案」基本計画図
出典:『建築年鑑』1960年版 p. 39 美術出版社

 

出版文化を支え、開かれた大学を目指す

tenji_6 新図書館計画では、自動化書庫を備え新しく生まれ変わる図書館が、学内外の学生や研究者だけでなく、学術出版に携わる人々をも支えていくことを謳っています。
本が生み出される最後の段階まで校正・校閲を重ね、レファレンスの厳密さ、引用の正確さを原本に当たって確認し、知識の正確さを保証している人々こそが、学術界を支えていると言えます。
新図書館では、フィジカルとデジタルの両方で出版文化に関わる人々をサポートし、ひいては学内外の学生や研究者の勉学や研究を支えていきます。
南原繁は戦後初代の東大総長として、象牙の塔から開かれた大学への転換を目指し、研究活動知見を広く普及する構想の一環として、日本の国立大学初の大学出版部となる東京大学出版会の創設を提唱しました。
総長就任時より本格的なユニバーシティ・プレスの設立を考えていた南原は、学内の大学新聞社、生協出版部などに関わりながら大学とは独立した組織としての財団法人を追求しました。教授陣から共同出資を募るなどした末に、1951年12月、南原の総長任期の満了日に「財団法人東京大学出版会」が認可されました。
南原が創った東京大学出版会の構想は、寄付文化を背景とした英米型や大学直営の私立大学型とは異なるユニークなモデルでした。国や大学から財政的に独立し、活動費を収入によって賄う必要があった東京大学出版会は、設立当初から学術専門書以外に教科書や一般読者向けの本も多く手がけていました。その方針により、東京大学出版会は、学内外の学術研究を支えるのと同時に、大学と社会を媒介する社会的役割を果たすこととなったと言えます。

画像キャプション:東京大学出版会創設年(1951年)に刊行された南原著書 『平和の宣言』
事業開始時は東京大学出版部としてスタート。文部省の審査の過程で「東京大学出版部」から「東京大学出版会」に変更。
1951年11月までの刊行物は出版部、12月からは出版会として刊行されている。

 

南原繁記念出版賞とは

tenji_7 東京大学南原繁記念出版賞とは、優れた学術論文を発掘し、書籍として世に問う機会を広く推し進めるため、東京大学出版会 (1951年3月設立。会長:濱田純一・東京大学総長 理事長:渡辺浩・東京大学名誉教授/法政大学法学部教授)が創立60周年を機に2011年に設立した賞で、基準を満たした優秀な博士論文に対して授与されるものです。受賞論文は、書籍として同出版会から出版されます。

<募集対象>以下の4つを満たすもの
(1) 東京大学の専任の教授・准教授の推薦による論文
(2) 未発表で書き下ろしの、またはそれに準ずる論文
(3) 個人による学術的著作として第1作にあたる論文
(4) 1冊の書籍として出版が可能な適当な分量の論文

【受賞者一覧】
第1回受賞(2011年)
鶴見太郎 (日本学術振興会特別研究員)
『ロシアとパレスチナを繋いだ想像力――シオニズムの歴史社会学』
→2012年1月に『ロシア・シオニズムの想像力』として刊行

第2回受賞(2012年)
福岡万里子 (日本学術振興会特別研究員)
『プロイセン東アジア遠征と幕末外交』
→2013年3月に『プロイセン東アジア遠征と幕末外交』として刊行

第3回受賞(2013年)
藤岡俊博 (日本学術振興会特別研究員PD)
『エマニュエル・レヴィナスと「場所」の倫理』
本田晃子 (北海道大学スラブ研究センター非常勤研究員)
『天体建築論――イワン・レオニドフと紙上の建築プロジェクト』

※第4回の受賞論文は、2013年12月中旬に決定する予定です。
(東京大学出版会ホームページより)

【追記】第4回受賞
小林延人(日本学術振興会特別研究員PD)
『明治維新期の貨幣経済』

開催案内

東大新図書館トークイベント「南原繁と『学問』の未来」(11月8日)の開催にあたり、その関連企画として、展示「時を超えて響きあう~南原繁と新図書館計画~」を開催いたします。

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南原繁・第15代東大総長(総長在職期間:1945年12月~1951年12月)は政治学者として優れた学問的業績を残したのみならず、東大の歴史、さらには戦後の思想史・教育史における改革者でもありました。また、東京大学出版会を創設し、総合図書館の歴史に関係のある人物でもあります。南原繁が構想した改革は極めて多方面にわたるものですが、その構想の一部は現代においてなお有効性を失っていません。本展示では、その中から現在附属図書館が進めている新図書館計画と響きあうものに焦点をあて、「教育と図書館」、「本郷文教地区構想」、「出版文化を支え、開かれた大学を目指す」の3つのテーマでご紹介いたします。南原繁の考えていた改革の射程は遠く現代にまで及んでいます。また、新図書館計画が目指すものは、東大の伝統を継承するものであるとも言えます。本展示から、新図書館計画を通して見えてくる南原繁の深さと広がりを感じていただければ幸いです。

*11月8日に開催されるトークイベント「南原繁と『学問』の未来」では、「南原繁」の思想・人物・業績を振り返ります。「南原繁」の記憶をよみがえらせ、東大の歴史についての理解を深める良い機会となります。ぜひご参加ください。

開催日2013/11/01
終了日2013/12/01
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